哲学は通り過ぎていく、一度立ち止まって考えよう

歴史・哲学の本

私たちの多くは、たえず前に進むことを強いられている。そして哲学者は、私たちを立ち止まらせようとする。野菜を作ったり、書類を書いたり、商品を売ったり、時間通りに取引先に着けるかは考えても、「なぜ人は働くのか」とは問わない。「どうすれば売れ行きが伸びるのか」とは考えるが、「働くとはどういうことなのか」と考えこんだりはしないだろう。さあ、哲学の世界に入り込んでみよう。

子どもの難問 哲学者の先生、教えてください! [ 野矢茂樹 ]

勉強しなくちゃいけないの?

学校では何の役に立つのかわからない勉強をたくさんさせられるが、大人たちもそれが何の役に立つのかうまく答えられない。だが、何の役に立つのかというのではなく、勉強それ自体がもっている魅力があるのではないか。別に勉強をしなくても、すぐに死ぬようなことはありません。引き算を勉強していなければ、釣り銭をごまかされても気づかないだろうし、大した問題ではありません。でも、勉強は生きるだけために必要ではありません。宇宙や物質がどうなっているのか。なぜ、病気になるのか。千年以上前の人がどんなことを考え、生きてきたかなど知りたくありませんか。何のためにではなく、知ることが大きな喜びになっているのです。こんな楽しみを逃してくやしくありませんか?

結果を求めているだけではない

勉強とは学ぶこと?学ぶということは、覚えること?たしかに足し算の仕方や、江戸の始まりや逆上がりのコツなどは覚えることだが、必ずしも覚えることが学ぶこととはかぎりません。覚えることは学ぶことの結果ではあっても、それだけではありません。結果だけを求めるなら、学校入学や卒業の資格などは、テストでそれなりの点を取れるよう工夫すればいい。「身につける」という意味で覚えることなら、将来役に立ちそうなものを学べばいい。でもそうしたことと学ぶことは本来何の関係もありません。なぜなら結果がどうであれ、お構いなしに学ぶことは起こってしまうからです。

哲学の問いは、明確な答えをもつような問いではないばかりか、問いの意味でさえ、定かではありません。問いの答えが何であるかと、そもそも自分が問うている問いの意味は何かを、同時に手探りしていかなければならない。子どもにしか哲学はできない。しかし、子どもには哲学はできない。逆説の中に哲学者はいる。彼らは、大人でもない、子どもでもない。それが哲学者なのです。子どもに読んでほしい、そして子どもではなくなった、大人にも読んでほしい本です。

<目次>
ぼくはいつ大人になるの?
死んだらどうなるの?
勉強しなくちゃいけないの?
頭がいいとか悪いとかってどういうこと?
人間は動物の中で特別なの?
好きになるってどんなこと?
過去はどこに行っちゃったの?
なぜ生きてるんだろう?
どうすればほかの人とわかりあえるんだろう?
考えるってどうすればいいの?

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