大東亜戦争を実際に戦った将校や下士官、兵士など数多の日本軍将兵、また激戦地だった戦跡に実際に著者が足を運んで地元の人々にも話を聞いて回った。すると戦争後我々日本人が学校教育で受けてきた歴史教育やメディアが伝える内容と大きな違いに驚かされた。本書はその「定説」を検証した一冊です。
歪められた真実 昭和の大戦(大東亜戦争) [ 井上 和彦 ]
<はじめ・本文より抜粋>
太平洋戦争ではなく「大東亜戦争」
戦後、当たり前のように太平洋戦争という呼称で教科書に表記されていますが、そもそも日本政府は昭和16年12月12日の閣議で「今次の対米英戦は、支那事変をも含めた大東亜戦争と呼称す」と決定しています。したがって日本が戦った戦争は太平洋戦争ではなく、「大東亜戦争」が正しいのです。
植民地支配からアジアを解放
日本が大東亜戦争に突入していった主な理由は、アメリカの謀略があり、国家存亡の機に立たされた日本はこの挑発を受けて立つ以外に選択肢はありませんでした。そしてもう一つ、大東亜戦争は、欧米列強による植民地支配からアジアを解放する戦いでもありました。その理念が大東亜栄圏構想であり、それ故にアジア各民族が共鳴して日本軍を歓迎したのです。
タイ王国は同盟国
インド、ビルマ、マレーシア、シンガポールなどは英国、インドネシアはオランダ、インドシナ半島はフランス、フィリピンはアメリカのそれぞれの植民地であり、アジア人はこれら欧米列強諸国に支配され、搾取と圧政に苦しんでいた。そんな中、アジアで独立を保っていたのは大日本帝国とタイ王国だけでした。日本とタイは「平和進駐協定」を締結し、次いで「日奏攻守同盟条約」つまり、日本とタイ王国は同盟国となりました。ピプン首相は、タイ王国内のインド人やビルマ人に対して、それぞれの祖国の独立運動を促した。「アジアの植民地支配からの解放」そして「大東亜共栄圏」の理想を誰よりも理解してくれていたのです。
<レビュー>
第一次世界大戦で戦勝国となった日本は、連合軍の勝利への貢献が評価されました。そして日本は戦後の処理を話し合うパリ講和条約(1919年)で人種差別撤廃の提案を行い、その後の国際連合設立に際して人種差別撤廃の文言を連合規約前文に入れるよう求め続けました。大東亜戦争の真っ只中では、1943年のアジアの独立国の代表7ヵ国が東京に参集し、「大東亜会議」が開かれました。その内容は「共存共栄の秩序の建設」「自主独立の尊重と各国の親和の確立」「相互に伝統の尊重と文化の昂揚」「緊密に連携して経済発展を増進させる」そして「人種差別撤廃」など大東亜共同宣言の内容は、他国間協約であり、日本の悲願でした。
戦後のインドネシアの元首相モハメッド・ナチール氏は「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は、私たちアジア人の戦争を日本が代用して敢行したものです」マレーシアの元上院議員のラジャ・ダト・ノンチック氏は「私たちアジアの多くの国は、日本があの大東亜戦争を戦ってくれたから独立できたのです。日本軍は、永いアジア各国を植民地支配していた西欧の勢力を追払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信を与えてくれました。自分たちの祖国を自分の国にしようという心を目覚めさせてくれたのです」
日本軍はアジア地域の侵略ではなく、自存自衛とアジア解放のため戦ったことが、他国からの多くの生の肉声を聞くとわかります。教科書では大東亜戦争(太平洋戦争)は侵略と教わった世代に、ぜひ読んでいただき事実を判断してほしいです。
<目次>
真実1 真珠湾攻撃は「奇襲」ではなかった
真実2 封印された「日泰攻守同盟条約」
真実3 驚異のマレー、蘭印電撃作戦の真実~そして多くの日本軍が独立戦争に参加した
真実4 ガダルカナルは玉砕戦だけではなかった~海軍の勝利と1万人以上の大撤退作戦
真実5 もの凄い応募者数だった朝鮮人、台湾人の志願兵
真実6 米軍が賞賛したマリアナ諸島の玉砕戦
真実7 封印された沖縄戦の真実~日本軍は県民を守ろうとして戦った
真実8 実は大戦果を挙げていた特攻隊の真実
真実9 日本の迎撃隊はB29を485機も撃墜していた
真実10 最後まで米軍機を震え上がらせた「剣部隊」
真実11 北海道分割を防いだ占守島の大勝利~終戦後、ロシアの侵略をはね除ける
真実12 日本はアジア独立の希望の星だった
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