どんな退屈な世界に身を浸していても、たとえば、歩き方を変える。視点を変える。思考を変える。それだけで世界は一変する。自分に無数の「生」の可能性があることを知る。そう、当たり前だと思っていたことに、私たちは縛られていることがわかります。
独立国家のつくりかた (講談社現代新書) [ 坂口 恭平 ]
ホームレスの家は寝室にすぎない
隅田川沿いを歩いていると、ホームレスのビニールシートハウスにはなんと、小型のソーラーパネルがついている。著者は気になってハイテクな家にノックをした。中を拝見すると、畳一枚ぐらいの小さな家ですが、オール電化でつくりも丁寧である。狭くて大変じゃないですかと聞くと、彼は「いや、この家は寝室にすぎないから」と答えた。晴れていれば隣の隅田公園で本を読んだり、ギターも弾ける。トイレも水道も公園で使い放題。風呂は1週間に一度、近くの銭湯に行く。食事はスーパーマーケットの掃除をしたついでに肉や野菜をもらえる。だから家は寝室ぐらいで十分だ。
家だけが居住空間ではない
彼にとってみたら、公園は居間とトイレと水場を兼ねたもの。図書館は本棚であり、スーパーは冷蔵庫なのである。彼が毎日過ごす都市空間のすべてが、彼の頭の中だけでは大きな家なのだ。同じものをみても、視点の角度を変えるだけで、まったく違う意味を持つようになる。所有の概念とは違った空間の使いかたを実践している。シェアハウスとはまた違う、新しい家の在り方を考えさせてくれた。
別のレイヤーで生きる人たち
私的所有することができる土地を建築物で囲っていく。そうすることで空間をつくり上げることだとしていた。しかし、どんなに壁をつくって自らの領土に建築物をつくったとしても、空間は増えない。それに対して、路上生活者たちの空間の捉え方は違った。彼らは自分たちのレイヤーをつくり、日本に住むみんなが当たり前と思い込んでしまっている社会的システムとは別のレイヤーを生きている。建築では空間を生み出せないけど、思考では生み出すことができます。つまりレイヤーを使うことにより、空間がどんどん増えていくのです。
私たちは法律の中で生きています。家に関しても土地と定着していない動く家は、日本にある建築基準法によると家ではない。家ではないので免許が無くても建てられるし、固定資産税もかからない。法律で家と思われていない自由な家なのです。この書籍は常識だからしょうがないと思われていたことも、考えさせる内容になっています。電気は買うものと思っていないか。買わなくても自由な発想があれば生きていけるのです。
<目次>
第1章 そこにはすでに無限のレイヤーがある
第2章 プライベートとパブリックのあいだ
第3章 態度を示せ、交易せよ
第4章 創造の方法論、あるいは人間機械論
終 章 そして0円戦争へ