災害は全く同じものは起きません。しかし、ある程度の反復性のある自然現象なので似た現象がおきます。スーパーコンピューターでシュミレーションをしても、入力する前提条件を変えると、結果(災害の規模や被害)は変わってしまいます。ですから過去の人々が災害に直面したときにどのように避難し、命を守ったのか。または、助からなかったのか。それを知ることが重要なのです。
江戸町人の日記
今度の地震、山川高低の間、高地は緩く、低地は急なり。その体、青山、麻布、四谷、本郷、駒込辺の高地は緩やかにて、御曲輪内(江戸城のお城の内側)、小川町、小石川、下谷、浅草、本所、深川辺は急なり。その謂れ、自然の理あるべし
この日記は安政江戸地震のことを指しており、時間は午後10時ごろ発生。推定マグニチュード7.0~7.1で震源は江戸湾北部(推定)とされています。倒壊家屋は1万4,000超でほとんどが圧死でした。
小石川の他、浅草や深川といった地盤のゆるい低地は揺れが激しく多くの家屋が崩れた。ところが青山や麻布、四谷といった台地にある山手地区はそれほど揺れなかったと記されています。
大潮高く騰あがりて、海水飄蕩ただよふ。是に由りて、調運ぶ船、多に放たれ失せぬ
記録された最古の南海トラフ地震である白鳳地震(日本書紀)の記述です。
他にも「太平記」には
阿波の雪の湊というところでは、山のような津波が押し寄せ、1700余りの家が海底に引き込まれ、人々や家畜が残らず海の藻屑となった
と津波の記録が残っている。
このように昔から日本では津波が頻繫にやってきていた。現代の日本では、津波警報や避難勧告が出されるが、震源が近い場合は間に合わない。地震から5分で津波が到着した奥尻島のような例もある。行政の指示をまたず、「1分以上の揺れを感じたらすぐに避難」と自分で判断することが大事なのです。また、津波は「波」というより「早い流れ」であり、「海面が上がる」現象だ。「波高4メートルの津波」であれば、「4メートルの高さをもつ海水のかたまりが高速で押しよせてくる」ことになる。4メートルの高潮なら同じ高さの防波堤で防げるが、津波では防波堤にぶつかってもエネルギーは減らず、水面が高くなり防げないのです。
富士山の噴火は大量の火山灰がやってくる
岡本元朝日記に
降り物は、いよいよ止まず、唐傘をさして歩いた。屋根、道、地にも、あくを敷いたように溜り、足跡がついた
とある。
江戸での降灰は3~4センチと考えられ、千葉の銚子まで降りました。噴火後4日間は震動が続き、12日間は火山灰が降ったという。この降灰により田畑がつぶれ飢饉となった。
宝永噴火は最後の富士山の噴火で南海トラフ、相模トラフの地震の前後に富士山が噴火するケースが多く、連動性が高いと言われている。
どうやって生きのびるか
日本では何度も大きな災害に見舞われてきた。人々はその記憶を語り継ぎ、生きのびる知恵を身につけてきた。それでも想定を超えることが多々ある。経験的に知っていることはときに命取りになる。
つねに「絶対に安心はない」ということ。この本は昔の人々が残した古文書の歴史から紐解き、生きる術を小学生でもわかるようにマンガでも説明しているので、親子みんなで見ていただきたいです。
