歴史を学ぶとは、昔の出来事や人物を覚えることだけではありません。「なぜ、当時の人々はそう考え、そう行動したのか?」を知ることで、その時代の価値観や日本人独特の感覚が見えてきます。今回は、聖徳太子が説いた「和」と、日本文化を理解するうえで重要な「ケガレ」という二つのキーワードから、日本人が何を大切にし、何を嫌い、社会をどう保ってきたのかがわかります。
歴史は「なぜ?」を学ぶ
歴史を学ぶというと、「何年に何が起きた」「誰が何をした」と覚えることを思い浮かべる人が多いでしょう。でも、本当に面白いのは、その先です。「なぜ、その人はそんなことをしたのか?」
そこを考えていくと、その時代に生きた人々の価値観やものの見方が見えてきます。つまり歴史とは、出来事の暗記ではなく、「その時代の人々は、何を大切にして生きていたのか」を読み解くことなのです。
たとえば織田信長の「比叡山焼き討ち」。現代の私たちなら、「寺を焼き、人を殺した。ひどいことをした」と考えるでしょう。もちろん、命を奪うことを簡単に正当化するべきではありません。しかし、ここで現代の常識だけで判断してしまうと、当時の社会が見えなくなります。当時は、今のように警察が人々の安全を守ってくれる時代ではありません。殺さなければ、殺される時代でした。
そして、当時の寺院は、現在のような「穏やかなお話を聞いたりお経を読む場所」とは限りませんでした。寺院によっては「僧兵」という武装集団を抱え、土地や権利を武力で守っていました。比叡山に属する勢力と日蓮宗側が対立し、日蓮宗の寺院が焼き討ちされる「天文法華の乱」もその一例です。
「お寺とお寺が戦うの?」と現代の私たちには不思議に感じます。でも、それが当時の社会の一面でした。
聖徳太子が一番伝えたかったこと――「和」
では、古代の日本人は何を大切にしていたのでしょうか。そのヒントが、聖徳太子の「憲法十七条」にあります。皆さんも一度は聞いたことがあるでしょう。
「和を以て貴しとなし、忤うこと無きを宗とせよ」
これは憲法十七条の第一条です。第一条に掲げられているということは、聖徳太子がそれだけ「和」を重要なものとして考えていた、と見ることができます。ここでいう「和」とは、人々が協調し、むやみに争わず、話し合って物事を進めること。しかも、その後には、さらに興味深いことが書かれています。
人間というものは、意見がぶつかる。自分勝手なことを言う人もいる。そして、大局を見通している人は、そう多くない。だからこそ、「何事も一人で勝手に決めず、みんなで話し合いなさい」という考え方です。
さらに驚くのは、十七条の最後、第十七条にも同じようなことが書かれていることです。
「それ事は独り断むべからず。必ず衆とともに宜しく論ずべし」
つまり、「大切なことは、一人で決めてはいけない。必ずみんなで話し合いなさい」ということです。第一条で「和」を掲げ、最後の第十七条でも「みんなで話し合うこと」を念押しする。ここからも、聖徳太子が「和」をどれほど重要視していたのかが伝わってきます。
日本人に特徴的な「ケガレ」という感覚
「和」と並んで、日本人のものの考え方を理解するうえで重要なのが、「ケガレ」という感覚です。ところが、「ケガレ」と聞くと、「汚れていること」と思ってしまいますが、少し違います。
例えば、死んだおじいちゃんの湯呑茶碗がある。その茶碗は、もちろんきれいに洗ってある。見た目も清潔です。でも……「なぜか、その茶碗は使いたくない」そんな感覚です。煮沸消毒して見た目にも衛生的にも何の問題もない、なんとなく嫌だと感じる。外国人だと、他人のお茶碗でもきちんと洗ってあるのであれば平気で使います。
これが、「ケガレ」を理解する一つのヒントになります。つまり「ケガレ」は、目に見える「汚れ」だけではありません。頭で判断するというより、「なんとなく嫌だ」と感じるもの。目には見えないけれど、「触れたくない」「近づきたくない」と感じる感覚や概念なのです。
そして、日本では古くから、「死」も「ケガレ」の一つとして捉えられてきました。そのため、死に触れた人は一定期間、日常生活から離れたり、祭りや神事に参加することを避けたりする考え方が生まれました。ケガレは、日本の伝統的な考え方で、神道の考え方です。
外国の思想である仏教には「ケガレ」という発想はありません。死んだら極楽浄土に生まれ変わるか、輪廻転生という考え方なので死体を忌み嫌うべきものである考え方はないのです。ですので、僧侶は「ケガレ」を嫌う日本の中において、死を扱う職業となりました。
「和」と「けがれ」を意識して歴史を見る
歴史を「出来事」として覚えるだけでなく、「和」と「ケガレ」という視点から見てみると、今までとは違ったものが見えてきます。
なぜ人々は争いを避けようとしたのか。
なぜ「場を乱すこと」を嫌うのか。
なぜ、理屈では説明できない「なんとなく嫌だ」という感覚があるのか。
こうした疑問を歴史の中に置いてみると、現代の私たちにも残っている日本人の価値観や感覚が、どこから生まれてきたのかが少しずつ見えてきます。「和」と「ケガレ」を意識して歴史を見る。それは、昔の人々を理解するだけでなく、「なぜ私たちは今、そう感じ、そう考えるのか」を知ることにもつながるのです。
